野里和花オフィシャルブログ

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とりとめのないはなしをしよう。

こんにちは、のんちゃんこと野里和花(@robotenglish)です。
 

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わたしが本格的にブログを初めて半年が経とうとしています。
このブログも、なんだかよくあるブログらしく、SEO(検索にひっかかるために必要なやつ)を意識したキーワード選びがされていたり、目次がはいって体裁が整っていたり、アイキャッチが使われたり…。
でも、わたしがすきだったブログは、もっとくだらない、人間らしいものだったんですよね。
 
「たまには、そういうのもいいよね」
というわけで、きょうは、ブログとしてはなりたたないような、とりとめのない話しをしたいと思います。
 
▽ほんとにとりとめないよ

 

桜をおぼえていなかったけど

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桜ってあんまり印象ないよなあ、って、春を迎えて思ったこと。
 
春と桜にはスタートのイメージがあるけど、学生生活のなかで何度も繰り返した入学式と始業式で、桜が咲いていたイメージってあまりない。
毎年いつぐらいに桜が綺麗に咲いているのかもよく分からない。
テレビから開花予想や花見の様子なんかが流れているのは覚えていても、桜に関する記憶は薄い。
大学時代、花見もしたけど、花をそんなに愛でてはいなかったかなあ…。
 
でも、今年の桜はなんだか大切にしたかった。
 
すこしだけ長い旅から帰ってきて、あれだけ綺麗に咲き誇っていた裏の川沿いの一本桜が、すっかり緑に変わっていてとてもがっかりした。
 
あ、もうおわっちゃったんだ。
 
今年はどうしても花見がしたかった。もっと桜を見ていたかった。
今年の桜が特別だからか、一緒にいる人が特別だからか。
 
わたしはいま、人の流れが速い場所で過ごしている。
きょう一緒にいる人たちが、来月もここにいるかはわからないような場所。
 
そうすると、いろんなことが、「最後の」という形容詞をまとってひどく大切な時間に思える。
切なさの代わりに手に入れる尊さ。
 
桜ってこの感情に似ているかもしれない。
 
たぶん、来年からはもっと桜を愛しく思えるかも。
来年、わたしの隣には誰がいるんだろう、誰と綺麗だねって笑ってるんだろう。
 

カールじいさんの空飛ぶ家」の開始10分で号泣するわたし

 
ディズニー映画「カールじいさんの空飛ぶ家」(2010年)っ知っていますか?
 
頑固者だったカールじいさんが、空を飛ぶ家で大冒険にでる!というストーリー。
その冒頭の5分~10分くらいに、カールじいさんが頑固者で嫌われ者で孤独な老人になった経緯がぎゅぎゅっとつまっているんです。
 
それがめちゃくちゃ泣ける。
 
こどもの頃、冒険家に憧れていたカールじいさんが出会ったのが、冒険好きの少女、エリー。
エリーとカールはすぐに仲良しになって、大きくなったら結婚して、幸せなときも不幸せなときも一緒。
でも、エリーがさきに病に倒れてしまいます。
「いつか、ふたりで大冒険に行こう」
ちいさな頃からのふたりの夢は結局叶わないまま…
 
だいすきで何度も観返している映画のうちのひとつなのですが、何度観ても胸が苦しくなって泣いてしまいます。
この間、飛行機に搭乗したときにも観ました。でも、時間がなくて冒頭の10分だけ。
 
もう苦しくなって、でも人の目があるから泣けなくて、ぐっと我慢したら、消化不良のもやもやの塊になって、その日は一日しんどくなってだめでした。
大好きな人より先に死にたいな、と思う。
 

大人っていつから

 
先日、病院を受診しようと思って、予約の電話をいれました。
軽いカウンセリングの後に、「お薬を処方するかもしれませんので、ご両親に直接説明することはできますか?」と確認されました。
 
わたしが23歳で成人していること。
両親は遠い土地に住んでいて同居はしていないこと。
それはすでに伝え済みでしたが、そのうえで、両親に説明をすることが絶対条件として提示されたので参ってしまいました。
 
わたしってもう大人なのに、まだ親の手にかからないといけないの?
なんだかすごくうっときちゃって…。
 
23歳という年齢はまだまだ若いので、身体に影響があるかもしれないことを親に説明する必要があるらしいのです。
 
うーん…。
 
ここ最近は、特に家族と自分の関係が切り離されて考えられていたので、どうもうまくその条件をのみ込むことができませんでした。
 
大人っていつからなんでしょう?
この身体はまだわたしのものではないのでしょうか?
 

犬に噛まれてなんだか感激した

 

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わたしが店長をつとめるコワーキングスペースには犬がいる。
名前はバンビ。
小型犬で、ふわふわしてて、あったかくて、冬の日はみんな膝に乗って欲しくて「おいでおいで」してる。
 
そんなバンビに、いつだったか一度、噛まれたことがある。
 
キッチンに落ちていたものを拾ってバンビが食べていたとき。
変なものだったらどうするんだ、と焦って「バンビ、だめ!」と手を伸ばしたら、右手人差し指をかぷりといかれた。
 
一瞬するどい痛みにびっくりしてすぐに手をひっこめた。
指からはすこしだけ血がでていた。
 
わたしはなんだか感激してしまった。
あ、犬に、噛まれた、って。
 
わたしがもともと犬が大の苦手だった。
 
小さい頃は、いとこのお家が近くにあって、そこで犬を飼っていたんだけど(名前はカール)怖くていつも遠くから見守っていた。
結局、カールのことを一度も撫でてあげることができないまま、カールは死んでしまった。
 
犬が目の前から歩いてくると怖くて動けなかったし、吠えられるんじゃないかといつもビクビク。
 
でも、コワーキングスペースにバンビがいて、すこしずつすこしずつ、慣れてって、いまでも犬が苦手だけど、バンビのことはだいすきで、撫でるだけじゃなくて抱きしめたり膝に乗ってとお願いしたりできるようになった。
 
だから、当然、犬に噛まれるほど近づいたのもバンビが初めて。
噛まれるのは怖かった。痛いのは大嫌い。
 
バンビに噛まれて「なんだ、大したことない」と思えた。
色んな経験をしていくうちに、色んなものを克服していく。
 
もうこの年になると(なんて言い方をすると、諸先輩方に怒られるかもしれないけど)段々と、ダメなものが分かってそれを回避する術を身につける。
だから新しい発見ってどうしても年々減っていってしまう。けど、この年になって「犬に噛まれても、大したことない」って知れたのが、ちょっと痛いんだけど、じんわりと嬉しかった。
 
まだまだあるんだよね、きっと、わたしが知らないこと。
 
 

死に対する考え方

 
自殺を奨励する気持ちがすこしもないけど、自殺をする人は勇気がある人だ、とこころから思う。
 
わたしは意気地なしで、いい人間ではない。
だからわたしが「死にたい」と思うとき、その願望は「消えちゃいたい」のほうがしっくりくる。
 
生きるってすごいパワーだ。
それと同時に死ぬってすごいパワーだ。
 
その行為ひとつで、ちいさなしずくに思えて、波紋がやがて大きな輪になって、周りをグワングワンさせてる。
 
だからわたしが死にたいっていうのはちがう気がする。
 

ブログ名を変えた

 
もぐらのぞみが書いている「私はクラゲになりたい。」というブログ名はすこぶる分かりにくい。
 
土竜なの?クラゲなの?ってなる。
しかもわたしは別にクラゲにはなりたくない。
 
水族館が大好きで、そのなかでもクラゲの水槽はいつも念入りに眺める。大好きだ。
それと映画タイトルを文字りたいと思って「私はクラゲになりたい。」にした。(もとネタである映画「私は貝になりたい」は実は観たことないけど…)。
 
漫画「海月姫」(超面白い)のサブタイトルで「私はクラゲになりたい」があるらしく、ずっとブログ名で検索しても海月姫ばっかりがでてきていたのが、最近ではわたしのブログがちゃんと1ページ目で表示されるようになった。うれしい。
 
そんなこともあり、なんだか未練がましい気もするのだけど、やっぱり断然よく分からんブログタイトルすぎるので、変えることにした。
 
「もぐらのぞみのPR!」略してもぐぴー。
 
タイトル候補に「パンツもぐらのおっぴろげ!!!(パンぴろ)」、「もぐらのぞみのお悩みパンチ!(もぐパン)」などありました。考えてくれたまるさん、なかりほさん、ありがとう!
 
フリーPR大使として成長したいとの気持ちで「もぐぴー」にしましたが、わたしの気持ちとブログの内容でコロコロ変えていくのもたのしいな。
 

圧倒的おんなのこ

 
おんなのこのなかには、すごい子がいる、と感じる。思うんじゃなくて感じる。
 
人の感情を造作もなくもってくようなおんなのこ。
 
おとこのこでもいるんじゃない?性別関係ある?と思われるかもしれない。
わたしも様々なことに関して性差は感じないけど、そんなおんなのこは明らかにおんなのこなんだ。圧倒的おんなのこ。
 
わたしもいままでの人生で数えられるくらいそんなおんなのこに出会ってきた。
彼女たちは普通に生きていて、恋したり、傷ついたり、怒ったり、笑ったり、喜んだり、悲しんだり、楽しんだり、周りの人と交流している。
 
たぶん彼女たちは自分がそんなおんなのこだって気づいていないだろうけど(気づいているならこわい)、どこからどう見てもそんなおんなのこなんだ。
 
彼女には彼女なりの嫌なことや苦悩があるはず。そう分かっていても、なんだか憧れてしまって仕方がない。
 
「〇〇ちゃんみたいになりたいな…」と思い、それと同時にどうやったってなれないことは明白なのだ。
 
 
■とりとめのない話しをするのもいい。
 
ブログをやっていくうえで大事なのは読者を意識すること。
でも、全てのブログが、全ての人々に向けられて書かれているわけじゃないし、自分だって意識すべき大事な存在。
 
だから、たまにはこんな、自由気ままで、誰に読まれなくてもいい、自分が書きたいから書いたものがころがっているのも、いいんじゃないかなって思うのです。
 
▽よく読まれています。

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