会社を辞めます。田舎フリーランス養成講座もお休みです。

働き方

こんにちは。
田舎フリーランス養成講座広報ののんちゃんこと野里和花(@robotenglish)です。

タイトルの通り、6月いっぱいで株式会社Ponnufを退社します。

それにあたり、田舎フリーランス養成講座の地域マネージャー(他地域担当)と広報も退くこととなります。
受講生だったのは、2016年11月。
はじめて運営陣に加わったのが、2017年2月。
およそ、2年8か月もの時間、わたしは毎日この事業のことを想ってきました。
「世界で一番、この講座が好きなのがわたしなんですけど!」と言い続けてきた時間でした。

2017年2月、はじめてのスタッフになる。受講生以上に泣きまくる(笑)泣き虫、が代名詞だった。泣けるくらい安心できる場所にちゃんとなっていた。

運営スタッフとして2回、講師・メンターとして7回、担当したメンティーは17名、マネージャーとして担当したのが12回、他地域での田舎フリーランス養成講座立ち上げを行なったのが7回。
なにかしらのポジョンで計18回も田舎フリーランス養成講座の1ヶ月を過ごしました。
出会った人数は数え切れません。
毎日毎日、この事業を想ってきました。開催中は毎晩毎晩、受講生や講師のことを想ってきました。
今日、田舎フリーランス養成講座鯖江の修了をもって、そんな日常ともお別れします。

【金谷9期】始めてメンターを務めた2017年6月。担当させてくれたスーザン、ハリー、さぎさんと。

田舎フリーランス養成講座は2016年2月にスタートし、当時は社長である池ちゃんがひとりで講座をして、それをみんなが受講して…あとは作業という、本当にシンプルに合宿でした。
わたしが受講生だった金谷6期は、メンター制度ができたばかり。「統括」というポジションも曖昧でした。はじめて運営にかかわった金谷7期、わたしは運営スタッフだったのですが、このときはじめてスタッフ制度が導入されました。
「どうサポートすれば、もっと受講生が楽しく過ごせるかな…」そう考えながらTODOリストを作っていきました。
それと同時に、すこしずつ制度が整っていきました。

運営スタッフとして参加した【金谷7期】。ここから、運営スタッフという制度がスタートした。

はじめてPonnufが運営するコワーキングスペース以外で開催をするにあたって、マネージャーというポジションがつき、そこにおさまりました。
山梨県都留市での初開催。
ゼロから準備しないといけない、池ちゃんはそばにいない、講座スケジュールから講座内容まですべて考えて相談してまた考えて…プレッシャーを見ないふりして、壁にぶち当たりながらも運営メンバーと必死に駆け抜けました。

【都留1期】人と生きる難しさを痛感しながら、人と生きるしあわせも噛みしめた毎日だった。この頃から圧倒的に顔が丸い(笑)

そのとき、自分がどういう場所で生きていきたいのか、が見えました。
馬鹿みたいに忙しくて夢の中でまで講座をする始末で、とにかく大変だったけれど、頼れる仲間と愛しくってたまらない受講生に囲まれて、毎日がしあわせでした。
たぶん、あの頃から、自分が求めることの軸はすこしも変わっていないんだと思います。
安心できる場所で過ごすこと。
自分が大好きだと思う人のために自分のこころも体も使うこと。そしてそれに感謝してもらえること。
その場にいる全員に目を配れること。
みんなに田舎フリーランス養成講座を楽しんでもらって、できれば大事にしてほしいこと。

2017年4月、兄のように弟のように慕っていた仲間たちがまるもを旅立つことに。みんなといる場所にいると、いつも5歳児のように素直にはしゃげていた。だからこそ、変化が怖かった。

たくさんの出会いに恵まれたおかげで、多くのことを学び、人に教えることの難しさと喜びと、大事にしたい人が増えることで人生は豊かになると知ることができました。
会社員を辞めること、この事業の第一線から離れることに対して、自分でもびっくりするほどすっきりと気持ちの整理が今はできています。
わたしがきっかけでこの講座を知ってくれた人や、わたしがいるからと受講してくれた人もいました。本当にありがとうございました。その言葉を聞いたときのときめきは忘れません。
これから、そうなる予定だった人が、この講座に出会えなくなるかも、というのは悲しいことだなあと思います。
わたしはわたしなりに、そういう人たちに手を差し伸べられるような活動をしていきたいです。

【都留1期】いなフリの運営に加わってはじめて「のんちゃんがきっかけで受講しました!」という人に!!照れくさくて、嬉しかったな~

辞めるという話をしたとき、必ず「なんで?」と聞かれました。いろんなタイミングと気持ちが重なってこうなったわけで、全部語りきれるわけではないので、ふたつだけ。
とても子供じみたものですが、この講座と、受講生を大事に想うあまり、働く仲間の中に見過ごせない出来事ができてしまいました。
単なる仕事だと思えば、「ああ、そういう価値の、そういう意見の人もいるのは仕方がないですね」と流せたかもしれません。しかし、わたしにとってはあまりに思い入れある時間だからこそ、他者を排斥する言葉や、自分の欲望を優先する行為をどうしても許すことができませんでした。

【南部1期】はじめてマネージャーとしてひとりで立ち上げを担当する。一緒に働く仲間の頼もしさに救われた。楽しかったな~。

田舎フリーランス養成講座は、いい意味であまりターゲットがしぼられていません。その結果、さまざまな年齢のさまざまなセクシャリティのさまざまな経験をもった人が集まります。
ここは、単にWebスキルを詰め込むのではなく、多様性を知り、他者のバックグラウンドに敬意を払う場だと考えています。
嫌な出来事は、ほんの数回です。ほんの数回なのに、思い出すたびに心を抉られるような思いがします。
自分でも小さい人間だな、と呆れます。が、わたしは受講生が、弟や妹のように可愛くて仕方ありません。その子の生き方を嘲笑ったり、対等な目線で語れる貴重な場であるここを脅かす行為を、どうしても許すことができませんでした。

【大洲1期】の1コマ。この後、受講生のまっきーの実家に泊まりに行く(笑)受講生が好きすぎてご両親に感謝の気持ち述べたいくらい。愛~。

コワーキングコミュニティまるもの店長を卒業したとき、漠然と、「たぶん、わたしはいなフリも、好きすぎて受け入れられないことができて辞めるだろうなあ」と思っていました。本当にそうなっちゃいました。
自分で自分のことよくわかってんじゃん、ブレないなあと感心します。

講座が終わっても、拠点に行けば会える人がいる。同期、だけじゃなくて先輩後輩、そこにただいる人も巻き込んで人間関係が大きく広がって楽しい。これは2016年12月くらい、しへえどんにて。

 そして、もうひとつ、
田舎フリーランス養成講座は現在8拠点あり、年間で20回以上開催されています。そうなると、よく「ここでのいなフリはどうですか?」とか、「いままでで一番のいなフリは?」と聞かれます。
そのたびにこころのなかでしかめっ面していました(可愛くない性格なのでごめんしゃい)
田舎フリーランス養成講座は、一度だって、なんならそのなかの1日だって、決して同じになることはありません。
どの時間にも試練があって苦悩があって衝突があってトラブルがあります。それと同じだけ、嬉しいのか楽しいのか形容しがたい感動があります。
比べられるものじゃありません。どの1カ月も全力で、学びがあり、最高です。

【頴娃1期】地元である鹿児島で開催できたこと、嬉しい!
2018年11月。自分の中に抱える問題と向きあいはじめるようになる。「帰る場所がないぞ…」という不安感をこの頃から抱く。

ただ、強いて、強いて選べというなら、やっぱり自分が受講生としてすごした金谷6期を挙げると思います。
突然ですが、わたしは家が、家族が、帰る場所ではありませんでした。
わたしに「帰ってきたい場所」を教えてくれたのが田舎フリーランス養成講座でした。
他人の体温の隣で安心して寝てしまう、ということを知ったのは20歳になってからで、生きるのが楽になりました。
たくさんの他人の前でも感情を包み隠さず、泣きたいときに泣いて笑いたいときに笑って、お腹すいたら食べて眠って人に甘えて可愛がられる。そんなふうにぬくぬく生きられる場所があると知ったのが、22歳でした。それが田舎フリーランス養成講座の空間でした。生きるのがもっと楽になりました。

【金谷8期】1か月しか一緒にいれないのに、自然と「ただいま」「おかえり」が似合っていく。だから最後の日は必ず「いってらっしゃい」って言うって決めている。

あのとき、田舎フリーランス養成講座を受講して、本当によかった。
同期と、講師のみんなと、あのときまるもに生息していたフリーランスもどきのみんな(笑)集まろうぜ、みたいには絶対ならないけど、それでも大好きです。
あのタイミングで受講していなかったら、もしかしたらその後わたしは潰れていたかもしれません。
2017年4月、京急線のホームに突っ立って、「いま飛び込んだら彼に会える」という想像が止まりませんでした。
すこしずつ前に進ませたのは、はじめてメンターを務めたあわただしくも充実した初夏の日々。
友人の死を前にして、自分を責めて死にたくなったとき、わたしにできることが田舎フリーランス養成講座を世に広めて、わたしのように生きるのが楽になる人を増やすことだと思いました。
いまでも、最終日の修了パーティーで肩を抱き合う受講生たちを眺めながら、彼にこの講座のことを教えてあげたかったなあと胸がきりきり痛みます。

2017年7月。田舎フリーランス養成講座をとおしてできた友人との秋田旅行中、就職をして田舎フリーランス養成講座に尽くす決断をする。

どのくらい、この2年8か月で成し遂げられたでしょうか。
もっと、たぶん、できたことはたくさんあったし、このままいまのポジションを手放さなければできることも無限に増えるのでしょう。
ただ、帰りたい場所ができたわたしだったのに、この1年間、田舎フリーランス養成講座立ち上げのために全国を1か月ごとに飛びまわる生活をして、わたしのこころにいつの間にかこびりついて離れなくなったのは「どこかへ帰りたい」という切実な気持ちでした。

【都留1期】卒業を間近に控え、受講生だったたなむーが涙をみせてくれたとき「この子のそばにいれたらいいのに」と思った。たくさんの人は救えなくても、両手に抱えられるだけの大事な人のしあわせを守って生きたいと強く思う。

たくさんまた行きたい場所ができました。会いたい人は日本各地にいます。ただ、わたしが見つけた、そしていま欲しいと思っている帰る場所は、どこにもありません。
それは各地がどう、とかではなく、わたし自身が飛びまわっているがゆえに人間関係をもう一歩深くまでもっていくことができなかったから。
なので、新しい人に出会うよりも、いままでこの講座をとおして出会えた大事にしたい人をもっともっと大事にして、結果としてどこかに帰る場所ができればいいなあと思っています。

【能登1期】なんにもない限界集落で、対話だけに真摯に向き合った。言えない言葉がたくさんあって不甲斐なかった。だからこれからもみんなといつでも会える自分でいたい。

それ以外にも様々な理由が重なったわけですが…どうしてこの選択をしたのか、これからなにをするかについては、会社員生活が全部片付いてからまた改めて書きたいなあと思っています。
とりあえず来月はとことんぐーたらします。ひとカラとかいっちゃう。わくわく。

【鯖江1期】始まったときはこれが(会社員として)最後になるなんて思ってなかった(笑)でも、ここでいいんだ~。素敵な人に恵まれました。

田舎フリーランス養成講座をとおして出会えたすべての人がのどかな日々を送れるようにこころから願っています。
ドラマチックな日常をありがとうございました。
今日も楽しんできます~。
2019年6月14日
野里和花
田舎フリーランス養成講座 鯖江会場「富坂邸」にて
P.S.メンターとして今後関われたらいいなあと思っているので、パワーアップして帰ってきます!あと、Ponnufにも媚び売っていかなきゃ(笑)
たっぷり写真撮ってくれた素敵カメラマンはけんけんさん

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