わたしたちは本当に仲が悪かった。--大嫌いだった人の結婚式によせて

未分類

「俺より先に泣くなよ」と念押しをされたのに、スーツでかっこよくキメたまつさんが参列者の前に登場した瞬間、視界が透明な膜でぶわっと歪んだ。

 

「手作りで結婚式やろうと思ってさ」

 

「手作りで結婚式やろうと思ってさ」
やよい軒で、まつさんは生姜焼き定食をうまそうに食べながらそう言った。コワーキングスペースのオーナーと店長、いわば上司と部下のような関係で、ずっと苦手でたまらなかった彼と、こうやって、出会った千葉の田舎ではなく、わざわざ神奈川の街のど真ん中のチェーン店で、向かい合って夕食を済ませているというのは、すこしくすぐったい。

 

「え!なにそれ素敵」
まつさんには大学時代からお付き合いしている素敵な女性がいてーーわたしも何度も会っているしお世話になっているまなかさん、本当に素敵な方でーー、いよいよ結婚となった。しかも結婚式を「セルフプロデュース」するらしいのだ。

「料理はーーで、会場はーーで、って考えていて…」
まだ始まったばかりのプロジェクトの構想をまつさんがしゃべる。知っている名前が登場する。コワーキングスペースを運営していたので、愉快で才能あふれる仲間たちがわたしたちにはたくさんいる。きっとこころづよいに違いない。それを聞きながら、楽しみな反面、すこし不安な気持ちになった。
「あの、ひとつ確認してもいいですか…?」
「なに?」
「参列者にわたしの名前は…」
「あー…」
まつさんが気まずそうな顔をする。”まつとのんちゃんは仲が悪い”というのは、旧知の仲の人々にとっては鉄板ネタであるが、それがほとんど真実だったから、呼ばれない可能性を考えてしまうのも仕方ないじゃないか。
「考えとくよ」
まつさんが意地悪気に笑う。この人はいたずらを考えるときが一番輝くのだから憎らしい。
「なんでもするんで!雑用でも!なんでも!というか、なにかできることないですか?わたしもお手伝いしたいです」
「うれしいけど、のんちゃん忙しでしょ」
「うっ」
痛いところを指摘された。その上、周りにはスキルを持った人ばかりだから、わたしの出る幕は本当にないのかもしれない。
「わたし、なにができるかな…?余興…?ティッシュペーパーで花でも作る…?」
「いらない」
「招待状の糊付けとかでも全然うれしいんですけど…あ!わたし、人前でしゃべるの得意ですよ?!」
「司会かァ」
ちょうどそのとき、まなかさんがやってきた。「おひさしぶりです!お仕事お疲れさまです!」「のんちゃん~、やっほ~」
入口の券売機で食券を買ってテーブルにやってきたまなかさんが、まつさんの食べかけのお皿を見て笑った。
「あ。おんなじの注文してるや」

 

「受付やってくれない?」

 

招待状はmessengerでーー結婚式には特性のLPページが作成され、参加連絡はGoogleフォーム。新しい形の結婚式の提示に挑戦するふたりらしいアイディアに感激した。--届いた。が、司会の依頼は結局来ずじまい。大事な役目だから、そこはほかの方が務めるので全力賛成だけれど、「ちょっと手伝えや」の連絡がないのは正直心底寂しかった。たまに仕事の連絡をするたびに、「こよりづくりでもなんでもするんでね!?」としつこく送った。出張が多く、気軽に手伝いに行ける距離にいないことがもどかしくてたまらなかった。一緒に働いた仲じゃん、頼ってほしいし力になりたいのになあ…。頭の片隅でずっとふたりの結婚式を気にかけながら夏を過ごした。だから、突然の電話で「のんちゃん、受付やってくれない?」と連絡がきたときは飛び上がるほどうれしかった。「はい!」と元気よく返事をして電話を切ったあと、本当に部屋で飛び上がった。

 

わたしたちの仕事と仲間

 

迎えた結婚式の前日、出張先である山梨県のド田舎から、友人の運転する車に同乗させてもらって、懐かしい、わたしとまつさん、そしてまつさんがわたしにまなかさんを紹介してくれた千葉県富津市に戻ってきた。「東京湾フェリーだ!」「ガストだ!」「セブンイレブンだ!」「ODOYAだ!」「波音食堂だ!」5時間のドライブの疲れなんて吹っ飛んでーーといっても、運転をしてくれたのは友人で、わたしは座っておしゃべりに講じていただけだけれどーー思い出がつまった建物を通り過ぎるたびに声を上げた。1年10カ月もの激動の時間を過ごしたここへ戻ってくるのは、4カ月ぶりで、落ち着けというほうが無理だった。

 

会場に併設するホテルに到着したのは24時。そこにはすでに、今回の結婚式の運営側に選ばれた友人たちが集まっていて、笑顔が自然と出てきた。ただ、どの顔も疲れていた。当然だ、聞けばこの日も午前中からいままでずっと準備に追われていたらしい。

 

 

途中参戦で申し訳ないと思いながら、急いで会場キッチンに向かって手伝った。大好きな友人たちに会えたことの嬉しさと、まつさんやみんなとの思い出が迫ってきて、ブラウニーを包む作業の途中、まだ式は始まってないのに泣き出してしまった。まつさんと出会ったばかりのわたしはめちゃくちゃに泣き虫で、よくあきれて笑われたものだ。最初の月は毎週一度は泣いていた21歳の頃の自分に引き戻されたような気分だった。

 

 

調理班は、現在、山梨県南部町の同じ部屋で雑魚寝しているなおちゃん、かつて千葉県富津市金谷で同じアパートに住んだふみちゃん、石川県能登地方で1カ月一緒に過ごしたかんじ、わたしが移住した当初から半年間一緒に暮らしたゆうとが担当していた。全員、わたしが現在運営マネージャーを務め、まつさんがたびたび統括として参加をする田舎フリーランス養成講座の受講生だ。不思議なことに、4人とも、わたしもまつさんも講師を担当していない回の受講生だし、4人とも、ばらばらの時期に受講をした。なのに、いま、こうして、まつさんのためにと集まってひとつのテーブルを完成させるために夜中まで頑張っている。

 

 

わたしたちはいい仕事をしているなあ、と思わずにはいられなかった。この4人だけじゃない。全体的なデザインと企画を手伝ったしおりんも、音響のハリーも、司会のともろーも、動画撮影のかんちゃん、一緒に受付をしたあべちゃんも、田舎フリーランス養成講座の卒業生だし、もうひとりの司会のたっきー、カメラマンのけんけんさんはわたしたちがオーナーと店長だったコワーキングコミュニティまるもの会員さんだ。仕事でつながった出会いが、いまはここまで仲が深まって、ひとつの目標にむかってそれぞれのいいところを出し合っている。

 

 

こころが開けた

 

「のんちゃんは気が利いて、適当に投げても勝手に理解して丁寧にやっといてくれるから助かる」
ビジョン会議で、まつさんがわたしのことをそう褒めてくれた。わたしたちは本当に仲がよくなかったからーーいや、別に普通だったけれど、一番一緒に仕事をしていたのに、友人にも上司にも部下にもライバルにもなりきれず、お互いへの接し方が中途半端になってしまっていたんだ。--、コワーキングスペースの運営形態が変わったタイミングで、「これからふたりでこの場所を盛り上げていくために、もっとコミュニケーションを大事にしたほうがいいよね」と話し合って、わたしが企画し、実行したものだった。深夜のガストーー住んでいた金谷という田舎で、深夜に行くとことと言えば、海岸かガストしかなかった。--に、ふたりで行った。「おごってやるよ」とまつさんが頼んでくれた299円のフライドポテトと、ドリンクバーで、わたしたちは4時間以上もの時間、面と向かって話し続けた。「あなたの最大の感動は?」「大事にしてきた考え方は?」「最大の困難と最大の決断は?」「相手に直してほしいとことは?」ひたすら問いを重ねて、ひとつの問いについて口が止まる限りしゃべった。気になったところは臆せず質問した。鼻がつんとして言葉につまるときもあったけれど、しゃべった。

 

 

「相手のいいところは?」で、まつさんがわたしの仕事ぶりを褒めてくれた。
高学歴、論理的で、みんなの兄貴分、そんなまつさんの隣に並んで店長をするには、わたしの劣等感は無視できないくらいの大きさになっていた。顔の真ん中にいつもニキビをつけたような感じだった。それがしゅるしゅるとしぼんだ。なかに溜まっていた汚い油が、溶けだした。最後の客となって店を後にして、まだ肌寒い春の夜のなかをゆっくり歩いて家まで戻る。まだ話足りなくて、まつさんのたばこに付き合った。「ぶっちゃけ、この半年でなんか恋愛がらみのあったっしょ?」とにやにやして聞かれたので、ひとつだけわたしの秘密を分けておいた。そのくらいは、もうすでにこころが開けていたのだ。

 

だいじょうぶ、絶対、晴れるから

 

目を開けるとすでに見慣れたものになり始めた山梨県南部町の古民家の天井ーーではなく、植物のツルがびっしり絡まったジャングルパレスの広間の天井だった。6時半。朝風呂にはいってから手伝いを開始しようと、寝袋からまだだるい体をひっぱりだした。まぶたが重い。昨晩、手伝いながら泣き、ひとり寝床に戻ってまた泣いたせいだ。開始前からこんな感じで、先が思いやられる。

露天風呂には横雨がはいってきて寒かった。空はまだ朝がはじまったばかりであることを抜きにしてもあまりに暗い。見た目よりもずっとずっと分厚いであろう雲を仁王立ちで睨んだ。その下には、昨晩1時半まで作業をした、会場である白浜フラワーパークが広がっている。キッチン、披露宴場所のバーベキューテラス、挙式場のテントゾーン、ここからではちいさいが、そのどれもがぐっしょりと水浸しであることは容易に想像できた。

どうせ泣いてぐちゃぐちゃになるだろうから、とアイメイクだけはせずに化粧をして服を着て、会場へ行った。途中、まつさんとまなかさんに会った。私の顔を見るなり「みんな、こんな、こんなに頑張ってくれて…」と、もうあと一歩というところまで涙が迫った状態でつぶやいた。今日の花嫁さんなのに、目が赤く腫れていた。その顔を見ただけでもう、わたしのほうもつられてしまいーーー泣きそうだったところ、まつさんが「はいはい、まだ早いから」とまなかさんの背中を押してその場が解散となったので、わたしも踏みとどまった。まなかさんと一緒に反対方向へ歩き出そうとしたまつさんが、くるりと振り返って真剣な顔で言った。「こっちだってもう、いっぱいになってんだから、俺より先に泣くなよ」

 

 

会場は見事に、いまから結婚式を行うには「あちゃー」では済ませられない状態で急いで修復作業がなされていた。いわれるままに手伝う。一緒に山梨から来た友人も、スタッフで名を連ねていなかったが、朝から会場にやってきて「なにをすればいい?」と声をかけてくれた。まつさんとまなかさんの人望の厚さゆえだ。まだ時間はある、だいじょうぶ、絶対、晴れるから。

 

 

「どんな気分ですか?」「うーん、変な気分」

 

受付の設営を任され、手伝ってくれる人を探すと、待合室でひとりぽつんと座る人がいた。名前を聞かなくたって、分かった。たれ目が、まなかさんにそっくりだった。「すみません、お手伝いお願いできますか?まなかさんの、弟さんですよね?」弟さんに手助けされながら、受付の、まなかさんのイラスト入りの看板を取り付ける。「お姉ちゃんが結婚するって、どんな気分なんですか?」「うーん、変な気分。実感湧かない」弟さんは照れくさそうに笑った。
「わたるくん、いつもアイスくれるから好きなんですよね」
わたるくんーーまつさんとは、15歳の頃からの知り合いだという。ふたりの歴史の長さを思った。家族が増えるってどんな気分なんだろうか。

 

 

「まつさんが、いなくなった」

 

天候の影響で、挙式は1時間遅れとなったが、バスは予定通り到着するので、10時すこし前にトイレを済ませておこうとお手洗いへ向かった。手を洗いながら洗面台の鏡で自分の顔を見る。目がなにも縁どられていないから、幼い。「俺より先に泣くなよ」の、言葉が頭のなかで反芻して、そのままのつもりだったけれど、化粧ポーチを手に取った。アイライン、アイシャドウ、マスカラ……丁寧に色を重ねる毎に、泣き虫からすこしずつ強くなったことを思い返した。

 

 

まつさんの前で、何回泣いただろうか。ぐちゃぐちゃの顔を笑ってくれたこと、泣き顔の上にシュークリームをぶつけられたこと、「ここからがまるものスタートだぜ」ってお酒と涙でふたりして顔を真っ赤にして炬燵の上で握手したこと、鼻をすすりながら言葉をつづけたガストでじっと話を聞いてくれたこと、まつさんがいなくなると決まったとき、泣けなかったこと。笑顔で見送った。ただ、ひとり、その夜にがらんとした裏部屋に突っ立ていたら、怖くて寂しくて悲しくて、ひとりで泣いた。「まつさんが、いなくなっちゃたー」って言葉にして、バカみたいに泣いた。一緒に聞いた関取花の歌を思い出す。「泣いて怒ってそして笑って 過ごしたこの家の日々のこと そっと心の奥に隠して」素直になれない、意地をはってしまう、簡単な言葉が喉につまる、仲が悪いからと片づけ続けた関係は、この何とも言えない距離感は、こどもが父親に反抗するのに近いよなあと気づいた。最後までわたしは、まつさんの前でこどもだった。

 

 

わたしたちがいたあの場所はもう

 

わざわざ頻繁に連絡を取るような関係じゃない。だから、まつさんがいなくなって、自然とまたわたしたちの距離は開いていった。たまに顔をだしてくれても、なにを話せばいいか分からないし。わたしもまるもを離れて、ますます会うチャンスは少なくなった。なのに、たまたま同じ場所にいたとき、コワーキングスペースの倉庫でわたしが目をはらしてちいさくなっていたら、ほっとかずに引っ張り出して、海辺のベンチで話を聞いてくれて、笑ったり叱ったり、真剣な顔して考えてくれた。とても悲しいことがあって自分が嫌いで、泣いていた。そして、わたしたちが過ごしたあの家がもうどこにもないことにも泣いた。まつさんの隣は居心地が悪かったけれど、それがいまは懐かしくてほしくて堪らなかった。

 

 

当たり前のことはたぶん、ほとんど知らない。近況も仕事も、いちいち報告する仲じゃない。でも、わたしがなにが悲しくてなにで傷ついたのか、まつさんは知っているし、まつさんになにかがあってなにかが傷つき悲しかったことを、わたしは知っていた。彼がそういう人だからだと思う。人に頼られるのは、自分が目の前の人と向き合って、恐れずにまずは自分からこころをひらくからだ。だから相手は油断して、つい弱みを見せてしまう。まつさんは、賢く、憎い。そして驚くほどやさしい。

 

 

「この度は、おめでとうございます」

 

その人の結婚式が、もうすぐ始まる。親族の方々に、慣れない口調で「この度は、おめでとうございます」とドラマのまねごとにみたいに頭を下げた。ちょっと冗談めかした気持ちだったのに、言ってみるとその重みが、ずしんと胸に響いた。地面に向いた口を、ぎゅっと縛った。まだ、泣いちゃだめだってば。

まつさんとまかなさんのご友人の運営の方が、サプライズで参列者のチェキを撮るように段取りをとっていた。それを、ちょっといいですか、と借りて、会場を走り回った。

 

 

この日のために頑張ってきた裏方のみんなの顔も、一緒にプレゼントしたかった。みんなも走り回っていた。挙式まで、あと2時間半。真剣な横顔、ひょうきんな笑顔、ひとりずつフィルムに焼き付けた。空は段々と、明るさを増していった。

 

 

笑顔がひろがるみたいに

 

「あとの人は残して、みなさんも挙式に向かってください」
と指示を受けて、挙式会場であるテントゾーンに向かった。100人以上の人々が、花婿と花嫁を待ち構えていた。海から吹き込む風は激しいものの、雲間からすっきりした顔の青空がひろがっていて、ほっと胸をなでおろす。「うちの子、晴れ女だから」と、まなかさんのお父さんが豪快に笑ってまつさんの肩をもんでいたことを思い出す。

 

そのとき、場内に軽トラックがはいってきた。愉快な音楽にのせて、友人たちがつぎつぎ飛び出して踊りだす。むき出しのヴァージンロードに笑いがあふれる。そちらに気を取られているうちに、軽トラの前に、スーツでかっこよくキメたまつさんが立っていた。まつさんは、満面の笑みを浮かべるとき、胸がぐっとひろがる。そこかしらに、笑顔がひろがるみたいに。今日はより一層、

 

 

ああ、だめだ、ごめんなさい、こんなの、我慢できるはずがない。目の前の景色が水分に包まれて歪む。お母さんの手作りのウェディングドレスを着たまなかさんはびっくりするくらいにきれいだった。涙のなかで、歪んで、揺らいで、海を背景に並んだふたりがくるくるとひとつに重なって溶けた。

 

 

わたしの大嫌いで大好きだった人の結婚式が始まる。

 

 

 

写真:ヒロタケンジ

コメント